長崎
長崎県(ながさきけん)は九州西端部の県。五島列島、壱岐島、対馬島を含む。県庁所在地は長崎市。
東に佐賀県と隣接する以外、周りは海である。対馬、壱岐、五島などの島嶼が多く、島嶼の数は 971 と全国一である。また、海岸線
4,137km は北海道に次いで全国2位であるが、北方領土を除いた場合の北海道の海岸線は2,978kmとなり、大差で長崎県が第1位となる。面積が北海道の約20分の1である長崎県の海岸線がこれほど長大なのは、島嶼が非常に多いことに加え、リアス式海岸で海岸線が複雑に入り組んでいるからである。この地形的特徴により、長崎県全域に83の港湾が点在している。その数は全国の7.4%に及び、全国有数の港湾県となっている。
南西方向から暖流の対馬海流が流入してくるため、気候は温暖で、寒暖差も小さい。
生物的見地からみると、各地の海岸にみられるアコウなどの亜熱帯性植物は温暖な気候を反映している。他にも大陸に近いためツシマヤマネコやムツゴロウなどの大陸系遺存種が多いこと、各地の離島で多くの亜種が発生することなども特徴である。
島原半島は活火山地帯で温泉が多いが、1990年-1995年の雲仙・普賢岳の噴火は島原市と深江町を中心に大きな被害をもたらした。
古くは肥前国(佐賀県と長崎県本土)、対馬国、壱岐国に分かれたが、肥前の国府は佐賀県の大和町にあった。肥前のうちに含まれる五島列島は遣唐使南路の出発地として有名である。中世には松浦党などの海賊衆(水軍)が興り、対馬を含めて各地が倭寇の根拠地となった。
1550年にポルトガル船が平戸に来航し、宮前事件で長崎に移ったが、17世紀にはいるとオランダ東インド会社、イギリス東インド会社が相継いで平戸支店を開設している。江戸幕府の鎖国方針により、ポルトガル人は長崎から追放され、1641年にオランダ商館が出島に移った。中国商船の長崎来航も認められており、長崎は鎖国下の日本でほぼ唯一の国際貿易港となった。なお、対馬藩も幕府から朝鮮貿易を公認され、釜山に倭館を置いて交易を行っていた。1637年島原の乱が起こった土地だけに江戸期を通じて隠れキリシタンが存在した。
幕末の長崎港開放によって各国商船が来航し、長崎は国際貿易港として更に発展を遂げた。佐世保は日本海軍の大規模な軍港となり、長崎では戦艦武蔵が建造されるなど造船が発達した。第二次世界大戦末期、1945年8月9日米軍爆撃機によって長崎市に原子爆弾が投下され、広島市とともに原爆被災地となった。
県庁所在地長崎市は歴史を誇る港湾都市で、観光客が多い。戦艦武蔵を建造した造船の町でもある。
県第2の市である佐世保市は昔からの軍港があり、現在も海上自衛隊や米第7艦隊の基地があるほか、陸上自衛隊も駐屯している。また、近郊にはオランダの町並みを模した観光施設ハウステンボスがあり、韓国や台湾からの観光客も多い。
その他の地域もかつては炭鉱、以西底引き網などの漁業基地、宝石サンゴ漁などにより繁栄したが、1970年代頃からそれらの産業が徐々に振るわなくなり、過疎化が進んだ。2000年代となっても過疎化は進行中で、産業の振興が重要課題となっている。 |